スケールアップとスケールアウトの違いとは?選択の基準やポイントを解説

急成長するビジネスやWebサービスにとって、増加するトラフィックへの適切な対応は不可欠です。対策を怠れば、サイト表示の遅延やシステムダウンを招き、重要なビジネスチャンスを逃すおそれがあります。こうした課題に対処する方法として、システムの処理能力を向上させる「スケールアップ」や「スケールアウト」が有効です。
本記事では、スケールアップとスケールアウトの違いやメリット・デメリット、選択の際の基準やサーバー構築時に考慮すべきポイントについて幅広く解説します。
スケールアップ、スケールアウトとは
多くの企業が、ビジネスの成長に伴うトラフィック増加に直面しています。この課題に効果的に対処するため、システムの処理能力を向上させる手法として、「スケールアップ」と「スケールアウト」があります。それぞれの特徴は以下の通りです。
スケールアップとは
スケールアップとは、既存のサーバーのハードウェアリソースを増強することで処理能力を向上させる方法です。「垂直スケーリング」とも呼ばれます。
具体的には、CPU性能の向上、メモリ容量の増加、ストレージの拡張といった改善が該当します。1台のサーバーをより強力にすることで、システム全体のパフォーマンスを向上させます。
スケールアウトとは
スケールアウトとは、複数のサーバーを並列に配置し、負荷を分散させることで全体の処理能力を向上させる方法です。「水平スケーリング」とも呼ばれます。
たとえば、1台のWebサーバーで処理していた負荷を、3台のサーバーで均等に分散させるイメージです。個々のサーバーは標準的な性能のまま、台数を増やすことでシステム全体の処理能力を高めます。
スケールアップとスケールアウトの違い
スケールアップとスケールアウトの根本的な違いは、拡張の方向性にあります。
スケールアップは単一サーバーの性能を垂直方向に強化する手法であり、スケールアウトは複数の標準的なサーバーを水平方向に追加して処理を分散する手法です。
どちらが一方的に優れているというものではなく、それぞれ異なる課題やシステム要件に対応できるため、目的に応じた使い分けが重要です。
スケールアップのメリット・デメリット
スケールアップのメリット・デメリットを解説します。
スケールアップのメリット
実装の容易さ
大きなメリットのひとつに、既存システムへの影響が最小限であることが挙げられます。
多くの場合、アプリケーションのコードを変更することなく、単にハードウェアを交換するだけで処理能力を向上させることができます。これにより、開発者はアプリケーションロジックやデータ構造の変更に時間を費やす必要がありません。
管理・運用の容易さ
単一サーバーでの運用となるため、システム管理が比較的シンプルです。複数のサーバーを監視・管理する必要がなく、サーバー間の通信や同期の問題も発生しません。これにより、運用コストと人的リソースを抑えることができます。
スケールアップのデメリット
拡張性の上限
ハードウェアには物理的な限界があるため、いずれスケールアップの上限に達します。たとえば、サーバーに搭載できるCPUソケット数やメモリスロット数には制限があり、それ以上の拡張は不可能になります。利用が拡大するシステムでは、この制約が将来的なボトルネックとなる可能性があります。
ダウンタイムの発生
ハードウェアのアップグレード作業では、サーバーを一時停止する必要が生じるケースが多くあります。一部の仮想化基盤やクラウドでは、リソースの「ホットアド」に対応しており、ダウンタイムなしでスケールアップできる場合もあります。しかし、物理サーバーや特定の構成ではサーバーの一時停止が必要となる場合があり、結果としてサービスのダウンタイム(停止時間)が発生します。
24時間365日の稼働が求められるサービスにおいては、サービス品質に影響を及ぼす可能性があがあるため、慎重に対応することが重要です。
単一障害点のリスク
すべての処理が1台のサーバーに依存するため、そのサーバーに障害が発生した場合、システム全体が停止するリスクがあります。可用性の面で大きな課題となります。
スケールアウトのメリット・デメリット
スケールアウトのメリット・デメリットを解説します。
スケールアウトのメリット
柔軟な拡張性と耐障害性
スケールアウトの場合、ほぼ無制限に拡張できる点が大きなメリットです。トラフィック増加に応じてサーバーを追加するだけで、システム全体の処理能力の向上が可能となります。また、一部のサーバーに障害が発生しても、ほかのサーバーがその負荷を引き継ぐことで、システム全体の可用性を維持できます。
ただし、実際にはアプリケーションの分散設計やデータ整合性、ネットワーク帯域などの制約により、スケーラビリティに上限が生じることもあります。
高いコスト効率
スケールアウトでは、汎用的な中小規模サーバーを使用することが多いため、高性能な単一サーバーを導入するよりもコスト効率が良い傾向にあります。とくにクラウド環境では、必要なときだけリソースを追加し、不要になれば削減するという柔軟な運用が可能です。
スケールアウトのデメリット
実装の複雑さ
複数サーバーでの分散処理を前提としたアプリケーション設計が必要になるため、実装が複雑になります。セッション管理やデータの一貫性維持、分散トランザクションなど、単一サーバーの場合では考慮する必要のなかった技術的課題への対応が求められます。
運用・管理の負担増加
多数のサーバーを監視・管理するための運用コストが発生します。サーバー数が増えるにしたがって、監視ポイントや障害リスクが増加するため、運用チームの負担も大きくなります。また、サーバー間の設定同期やバージョン管理も複雑になります。
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スケールアップとスケールアウトの比較
比較項目 | スケールアップ | スケールアウト |
---|---|---|
基本概念 | 既存サーバーの性能を強化する | サーバーを複数台に増やす |
追加するもの | CPU性能、メモリ容量、ストレージ | サーバー台数 |
拡張の上限 | ハードウェアの物理的制約あり | スケールアップより柔軟に拡張可能 |
初期コスト | 比較的高い(高性能サーバー) | 比較的低い(標準スペックサーバー) |
運用管理の複雑さ | シンプル | 複雑 |
実装の難易度 | 容易(アプリケーション変更不要) | 複雑(分散処理設計が必要) |
主な用途例 | 小〜中規模社内システム、オンプレミス環境のシステム | Webサービス、ECサイト、高可用性システム |
スケールアップ・スケールアウトの選択基準
システムの拡張方針を決定する際は、システムの特性や要件に応じて適切な手法を見極めることが重要です。ここでは、それぞれに適したケースを紹介します。
スケールアップが適しているケース
スケールアップは、以下のようなケースに適しています。
小規模〜中規模の社内システム
利用者が限定的であり大きなトラフィック増加が想定されないため、予算内で調達できる高性能なサーバー1台で十分対応可能です。
オンプレミス環境での運用
新たなサーバー台数追加にはコストやスペースの制約があるため、既存設備の性能向上が現実的な選択肢となります。
データベース中心のシステム
とくにRDB(リレーショナルデータベース)を使用するシステムでは、書き込み処理の分散が技術的に困難なため、スケールアップによる単一サーバーの高性能化が効果的です。
スケールアウトが適しているケース
スケールアウトは、以下のようなケースに適しています。
WebサービスやECサイトなどアクセス数の増加が見込まれるシステム
ユーザー数やトラフィックが今後増加する可能性が高く、時間帯やイベントによってアクセスの波がある場合に適しています。
高可用性・冗長性が求められるシステム
単一障害点を避けたい場合や、負荷分散構成を前提に設計されているシステムに適した選択肢となります。
スケールアウトとスケールアップのハイブリッド型
実際のビジネスシーンでは、スケールアップとスケールアウトを組み合わせたハイブリッド型が効果的なケースもあります。
たとえば、データベースサーバーはスケールアップで高性能化し、Webサーバーはスケールアウトで負荷分散するといった組み合わせです。この構成により、データの整合性を保ちながら、Webアクセスの増加には柔軟に対応できます。
サーバー構築時に押さえるべきポイント
スケールアップとスケールアウトの特性を踏まえ、適切に拡張方法を選択するために、システム設計の際には以下のポイントを押さえておくことが大切です。
トラフィックの将来予測
現時点の負荷と将来的な負荷増加の見込みを正確に予測することが重要です。
ユーザー数の増加ペースや季節的な変動、マーケティング施策による一時的な負荷増加など、さまざまな要因を考慮して予測する必要があります。とくに急激なトラフィック増加の見込みがある場合には、需要の変動に柔軟に対応できるスケールアウトに適した構成が望ましいケースが多いでしょう。
アプリケーションやミドルウェアとの適合性
使用するアプリケーションやミドルウェア(データベースやキャッシュなど)の特性を評価し、スケールアップとスケールアウトのどちらに適しているかを見極めることが重要です。単一サーバーでの性能向上に最適化されたシステムもあれば、分散処理に対応したシステムもあります。
システム全体の設計と選択する拡張戦略の整合性を確保することで、将来的な拡張時のトラブルを避けられます。
コスト・運用性のバランス
スケールアップは初期導入コストが高い傾向にありますが、構成がシンプルで運用が容易という利点があります。一方、スケールアウトは初期コストを抑えられるものの、複数サーバーの監視・管理、障害対応などで運用コストが増加する可能性があります。また、構成管理やトラブル対応、テスト工数の増加により、TCO(総保有コスト)で見るとスケールアウトのほうが高コストになるケースもあります。インフラ担当者のスキルレベルや管理体制も含めて、総合的な判断も必要になるでしょう。
クラウド利用の検討
クラウドサーバーのなかには、スケールアウトとスケールアップの両方において柔軟性の高いサービスもあります。オートスケーリングやマネージドDBなどのクラウドネイティブな機能を活用することで、どちらの拡張戦略にも対応可能なアーキテクチャの構築が可能になります。
クラウドネイティブについてくわしくはこちら
まとめ
スケールアップは、単一サーバーの性能を向上させることで拡張する手法であり、実装が比較的容易です。一方、スケールアウトは複数のサーバーで処理を分散し、高い可用性とほぼ無限の拡張性を実現できます。どちらにも特徴やメリット・デメリットがあり、ビジネスの成長スピードやアプリケーションの特性、予算制約など、複数の観点から自社に最適な戦略を選ぶことが重要です。
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